雨月物語の代表作3話あらすじまとめ

2022年5月22日

教科書に載ることはまずないので、マイナー部類の雨月物語。

でも実は、マンガや小説の題材になっていて、その道ではかなりの人気作品。……それもそのはず!この雨月物語、9話の短編からなる、かなり高級な怪奇小説。短編集だから読みやすい。しかもエロい話もけっこうある。という「すきもの」にはたまらない作品なのです。

……とはいえ、9話あれば、名作もテキトーなのもありますからね。ここでは厳選に厳選を重ね、メルクリウスの趣味と偏見で超名作3話をご紹介します!

実は男色もの?菊花(きっか)の約(ちぎり)

タイトルだけでピンときた方は、かなりのツワモノとお察しします。古典の世界で「菊」はイコール「男色」の象徴です。何でかっていうと、いきなり下品な話になりますが、少年の肛門の形が菊に似ているということだからでありまして……。それを上品に包んで「菊の関係」と言ってるわけです。

断っておきますが、この話の中で主人公二人がヤラしくそういう関係になってるエピソードは一切ありませんよ?これがアラビアの古典なんかだと「処女を奪った」って身もフタもなく描いてあるのですが……。日本の古典とゆーのは、そこらへんお上品です。

思いっきり男色の話しか載せてない「男色大鑑」にも、「一緒に寝た」とか「こーゆーことした」とか、そんな直接的な描写はまったくないんです。手を握ったとか、口づけしたとか、それすらありません。心理描写で「可愛く思った」ってある程度。肉体関係については、ただな~んとなく、「ああ、そういう仲なんだね」と臭わせる書き方が時々あるくらい。

この「菊花の約」で言えば、菊の花が随所に出てくるとか、「義兄弟の誓いをかわした」とか(江戸時代に義兄弟って、男色の約束を交わした二人のことです)。そういうニュアンスを含んだ言い回しで、深読みさせるわけです。ハッキリ言わないところが逆にエロい……。古典の恋愛ものって、おしなべてそーゆーもんです。

「菊花の約」あらすじ

さて、予備知識を得たところで、いよいよ本題!

左門と宗右衛門、運命の出会い

播磨の国に丈部左門(はせべさもん)という学者の若者がいました。学者だから当たり前ですが、学問好きで昔気質で、純粋な心の世間知らず。超が三つつくくらいビンボー暮らし。でも、親戚から「援助しよう」と言われても「生活のことで人の世話になることはできない」と断る。まさに「清貧」一直線。

そんな左門、ある春の日、重い病でぶっ倒れている旅人の若い武士を拾います。この武士、名前は赤穴宗右衛門(あかなそうえもん)。実はとっても大変な身の上。彼の故郷は出雲。この時宗右衛門は近江の佐々木家に留学中だったのですが、その最中に殿様の塩冶掃部介(えんやかもんのすけ)が討たれ、お城(富田月山城)が敵の尼子経久(あまごつねひさ)に乗っ取られてしまったので、慌てて帰ろうとしていたところだったのです。

しかし、ツイてない時はとことんツイてないもの。「殿様、今帰ります!」と必死に故郷へひた走る途中、病気になって行倒れてしまったのでした。

心優しい左門、薬を調合し、お粥をたいて食べさせ、誠心誠意看病に努めます。宗右衛門は涙を流して「これほどまでに親切にしてくださるとは……。感謝の言葉もありません」と親切に喜び、左門に勧められるままに、身体が元に戻るまで一緒に暮らすことにします。

行倒れをかいがいしく看病って時点で、すでに互いに情が移っている二人ですが、いっしょに暮らしているうちに、二人とも学問好き、諸子百家が大好き、趣味がぴたりと一致、ということが分かって意気投合。「もう離れられない」と義兄弟の約束を交わし、宗右衛門の方が五歳年長なのでこちらが兄、左門が弟ということになりました。宗右衛門は急ぎの旅だったはずですが、左門への情に魅かれて、春が過ぎて夏になるまでそこに留まることに……。

しかし!お城の危難を目の前に、見て見ぬふりをすることはできません。義兄弟の情にうかうかと時を過ごしていた宗右衛門ですが、初夏になって、いよいよ意を決します。

「弟よ、よく聞いてくれ。我が殿塩谷殿が討たれ、尼子経久が城を奪った今、残されている忠義な武士たちはどうしていることか……。出雲へ参り、我が富田城の様子を確かめなければならぬ。後始末をつけたら、必ずそなたの元へ帰ってこよう」

出雲は遠い。しかも戦国時代の真っただ中ですから、下手したらこれっきり帰ってこられないかもしれません。左門は涙ながらに

「しばしの別れでもまことに辛い……。されば兄長(このかみ)、いつの日にお帰りになりますか。どうか約束したまえ」

「遅くとも秋を過ぎることはあるまい」

「秋はいつの日にお帰りになります。待つ者にはその目当てが何よりの頼み。日にちを決めて下さい」

「では重陽の佳節を帰る日としよう」

「兄長、必ずこの日に帰りたまえ!」

……原文では、このときのやり取りがなかなかに見せ場。ちょっと引用します。「さあらば兄長(このかみ)いつの時にか帰り給ふべき。月日は逝きやすし。おそくとも此の秋は過ごさじ。秋はいつの日を定めて待つべきや。ねがふは約し給え。重陽の佳節をもて帰り来る日とすべし。兄長必ず此の日をあやまり給うな」

重陽の佳節とは九月九日で、菊の時期なので「菊の節句」とも申します。左門は「酒に菊の一枝を添えて待っています」と言い、宗右衛門は長い旅に出発したのでした。

宗右衛門、執念の帰還

さて、月日はあっという間に過ぎ、いよいよ約束の日。垣根の菊も美しく咲きました。左門はいつもより早起きして、ウキウキと家中大掃除をし、家の外も掃き清め、町へ行って酒を用意します。帰ってくると宗右衛門に振舞うご馳走もつくり、準備万端。「街道まで行ってお出迎えしようか」と外へ行き、今か今かと待ち受けます。

しかし、宗右衛門はなかなか戻りません。昼が過ぎ、そろそろ日が傾くのに、姿が見えません。多くの旅人を眺めつつ、左門は「どうしたのだろう。今日はもう戻らないのだろうか……。いやいや、宗右衛門は約束を破るような人ではない。もう少し……」と思いを巡らし、ひたすら外ばかり気にして、心は上の空です。

とうとう真夜中。諦めきれない左門は一人寂しく家の前に立ち尽くします。空には銀河がほの白く、月は山に隠れようとし、「ああ、もうこれまでだ」と、肩を落として家に入ろうとした、その時。

おぼろな黒い影が、風のまにまにこちらへやってきます。ハッとしてみれば、夢にも忘れぬ宗右衛門の姿。「ああ!」と叫んで駆けより、涙にむせぶ喜びの再会……。しかし、宗右衛門の様子はどこかおかしい。顔が青白く、左門が「さあさあ」と家の中に入れて、客間に座らせても一言も口を開きません。せっかく用意した酒や料理にも手を付けようとしないのです。

「兄長、いかがなさいました。貧しいものですが、さげすまずに召し上がってくだされ」

すると、宗右衛門は世にも悲しげな顔をして「ああ、弟よ。そなたが心を込めて用意してくれたもの。なぜさげすむものか。所詮は騙しおおせぬ。夢と思わず聞いてくれ。わたしはもう、この世の人ではないのだ」

「エッ……」と言葉を失う左門ですが、宗右衛門は続けます。

「そなたと別れてから故郷に帰ったが、元は塩谷殿に仕えていた人々も大方尼子の勢いになびき従って、もはや旧主の恩顧を顧みるものはいなかった。出世や浅ましい我欲のために追従するばかり……。従兄弟の赤穴丹治(あかなたんじ)を訪ねてみたが、彼もまたわたしに尼子についた方が得であると説くのだ。

尼子経久にも引き合わされ、経久はわたしを家臣としたいようであったが、わたしはどうしても旧主を忘れて経久に仕えることはできぬ。断って立ち去ろうとすると、経久は怒って丹治に命じ、わたしを牢に閉じこめてしまった。

そして……そのまま逃れるすべのないままに、とうとう今日の日を迎えてしまったのだ。あれほど固く誓った菊花の約。もし破ったら、どれほどそなたはわたしを憎み、恨むことか。嘘つきで信ずるに値せぬ者と思われては辛い。いにしえの人は言う。人、一日に千里を行くことあたわず。魂、よく千里をもゆくと。誓いを守るにはこれしかあるまいと考え、今日、わたしは自害し、魂だけになってここへやって来たのだ」

そしてさめざめと泣くと、「今は永の別れだ」と言い残して、すうっと姿がかき消えてしまいました。左門は慌てて「兄長!」と追いかけようとしましたが、陰風に目がくらみ、机につまづいて倒れてしまいました。あとには、一面に散らばった器や盃が残っているばかり。左門は声をはなって嘆き悲しみました。

左門、兄の仇討ちに行く

さて翌日。思い詰めた左門は「出雲に行かなければ」と家を出ます。勢いに任せて出てきたので、ろくに旅の支度もしてません。ひたすらに宗右衛門のことばかり思い続け、飢えても食べず、凍えても衣類にも構わず、眠れば夢に宗右衛門を見て泣き明かし、ひたすら歩いて十日後に出雲につきます。

真っ直ぐに会いに行ったのは、宗右衛門をハメた従兄弟の丹治。「兄の遺骨を渡してほしい」と願い出ると、丹治は仰天して「まだ死んだことを誰にも言ってないのに」と青ざめます。

「わたしがなぜ兄の知ったか。それは兄が魂魄だけになって、わたしの元へやって来たからだ。武士は己の栄達は問題にせず、ただ信義のみを重んずるべき。我が兄は、塩谷殿の旧恩を忘れず、尼子に仕えなかった。これ、臣下の取るべき信義である。また兄はわたしとの約束を違えぬために、命を賭して魂だけとなり、はるばる訪れた。これこそ信義の極致である。かえりみて貴殿は、旧主の恩を忘れて尼子につき、血縁の交わりを忘れて兄を死に至らしめた。わたしは今、兄への信義を貫くためにここに来たが、貴様は長く汚名を残すがいい!」

そう言うが早いか、左門はパッと刀を抜いて丹治をただ一刀のもとに斬り伏せてしまいました。物音を聞きつけて、家来が大勢やってきましたが、その時にはもう逃げてしまって行方は分かりません。

尼子経久はこのことを聞いて驚きましたが、左門の志に深く感激して、あえて追わせなかったということです。

よくあるパターンの「浅茅(あさじ)が宿」

実は、この「浅茅が宿」には元ネタがあります。中国の古典の「愛卿(あいきょう)伝」と、日本の古典の「おとぎぼうこ」に載っている「藤原清六遊女宮城野を娶ること」です。

愛卿伝のあらすじは、趙(ちょう)と愛卿はおしどり夫婦でしたが、ある時、旦那の趙が仕事で都へ行くことに。愛卿はその間待っていますが、戦が起きて兵隊に乱暴されそうになり、妻は自殺。戦のせいでなかなか帰ってこられなかった趙がようやく帰ると、家はボロボロ。妻はお墓に……。趙が嘆き悲しんでいると、妻の亡霊が出てきて、その夜だけは生きていたころのように楽しむのでした。というもの。

「おとぎぼうこ」は「愛卿伝」とストーリーおんなじです。人物名が違うだけ。旦那出張⇒なかなか帰れない⇒妻自殺⇒旦那号泣⇒妻の亡霊出現、とゆー流れ。

浅茅が宿は、この古典にヒントを得てるのですが、作者の上田秋成は天才なので、丸パクりはしません!旦那が全然帰れないところまでは同じですが、ラストがガラッと違います。どこが違うかは、あらすじを読んでのお楽しみ……。

「浅茅が宿」のあらすじ

これは結構短いぞ。ではさっそく……

勝四郎、張り切って出かける

下総(しもうさ。千葉県だよ)に勝四郎という男がいました。元はお金持ちですが、能天気で甲斐性なしだったので、だんだん貧乏に……。親類も全然寄り付きません。

そこで、勝四郎は一大決心。「このままではいかん。何とか家を立て直さなければ」と考え、田畑を売っ払って絹に代え、都で売って財産を作ろうと決意します。

さて、この勝四郎には妻がいました。宮木(みやぎ。この名前は、おとぎぼうこの宮城野からパクったんだよ)という名で、田舎には珍しい美人。しかも真面目な働き者で献身的、という勝四郎にはもったいなすぎる女でした。宮木は夫の話を聞いて、必死になって引き留めます。

「都は何百里も離れたところです。しかも、いつ戦が始まるか分からない世の中なのに、もしものことがあったらどうします。それに、財産のない家でたった一人で、わたしはどうやって生きていったらよいのでしょう」

涙を流して言いますが、勝四郎の決意は固い。とうとう宮木も諦めて、かいがいしく旅の支度を整えるのでした。

「宮木、秋になったら帰ってこよう」

と言い残し、勝四郎は旅立ちました。

苦難の連続……まさかの七年間

月日は過ぎて、都に来た勝四郎。この男、だらしないくせに商才はあったようです。絹を全部売って、かなりの財産を作ることに成功します。

「やっぱり思い切ってよかった。これで立派に家を立て直せる。宮木もどれほど喜ぶだろう。あいつの欲しいものを何でも買ってやろう」

と胸躍らせて、帰り支度をすませるのでした。ところが……ここで思いもよらぬ悲劇が。突然戦が始まったのです。「関東一帯火の海だ!」「上杉勢が攻め込んできた!」と凄まじいうわさ。勝四郎は真っ青になって

「宮木!今帰るぞ。無事でいてくれ!」

必死になって木曽路を急ぎます。ところが、戦で世の中は殺気立っていました。木曽路は山賊のたまり場になっていたのです。勝四郎は山賊に襲われ、身ぐるみはがされ、せっかく作った財産をすべて失ってしまいました。

命からがら馬篭(まごめ)にたどり着くと、今度は「関東が戦だから、たくさんの関所ができて旅人は一切通れない」という事態に。戦のために厳しく交通規制されていたのです。呆然と立ち尽くす勝四郎のもとに、さらなる悲劇が……。

「大変だ!下総に上杉勢が攻め込んだ!住民は皆殺しになったぞ!」

東から来た旅人が大声て言っています。

「何ということだ。下総が……!ああ、宮木、宮木よ。お前も死んだのか。どうしてこんなことに……。なんとしてもお前を探したいが、関所が通してくれない。どうすればいいだろう……」

がっくりと力を落とした勝四郎、足を引きずるようにして都へ引き返し、知り合いの家に厄介になりますが、そこで心労がたたって熱病になってしまいます。何とか回復した後は、行き場もないし、恩返しのためにその家で働きました。そうして、あっという間に七年の年月が過ぎていきました。

ついに故郷へ!待っていた宮木

この間に、戦国時代はますますヒートアップ。勝四郎はつくづくと人生を考えます。

「このままでは都も危ない。平和になることはないだろう。同じ死ぬのなら故郷で死にたい。それに宮木。お前をこのまま放ってはおけない……。骨なりとも見つけて弔ってやらなければ」

こうして、勝四郎は夜に日を継いで故郷へ急いだのでした。そこで彼が見たものは、あまりにも変わり果てた故郷の姿。田や畑はうっそうとした茂みに代り、家はどこも廃屋となっています。キツネやウサギが駆け回る荒れ地となっていました。「我が家はどこに……」とあちこちさまよっているうちに、ようやく目印の松の木を見つけ、「ああ、あそこだ!」と駆け寄っていきます。

と、思いがけず、そこにちゃんと我が家が!しかも明かりがついています。「誰か住んでいるのか。まさか……宮木か!」驚いて声を上げると、中から出てきたのは、まさしく妻の宮木。夫の姿を見るなり、ワッと泣き崩れて、その胸にしがみつきました。

「ああ、宮木。よくぞ生きていてくれた!すまなかった。許してくれ。お前が生きていると分かっていたら、もっと早くに帰るのだった」

繰り返し繰り返し、詫びる勝四郎に、宮木は泣きながらこれまでのことを話します。

「あなたが行ってしまってから、しばらくして戦が始まったのです。住民は皆山へ逃げていきましたが、わたしはきっとあなたが戻るものと思って、家に留まりました。寂しくても辛くても、秋になったら帰るという言葉だけを楽しみに待っていました。冬が過ぎて、春が過ぎても帰っきませんでしたが、それでも待ちました。でも、こうしてあなたにお会いできて、これまでの恨みも消え果ました。うれしゅうございます」

勝四郎は激しく泣き崩れる宮木をなぐさめ、その夜は久しぶりに二人、床についたのでした。

明け方、勝四郎はあまりの寒さに目が覚めました。気がつくと、地面に寝ています。服は夜露でぐっしょりと濡れていました。隣にいた宮木もいません。

「これはどうしたことだ。宮木!宮木どこへ行った!」

慌てて立ち上がって見渡せば、昨夜は確かにちゃんと建っていた我が家がボロボロの廃屋に。床も抜け、屋根もありません。ふと見ると、寝室のあったあたりの地面に小さな墓がありました。急いで行ってみると、古びた紙が貼りつけられています。歌が一首書いてあり、まさしく宮木の筆跡に違いありません。

それを見て、勝四郎はすべてを悟ったのです。「宮木は死んだのだ……。おそらくは、何年も前に。死んでなお、わたしを待ち続けていたのだ。わたしがきっと帰ると思って、魂だけになって……」

そうして、許せ、許せとむせび泣きつつ、いつまでも勝四郎は墓の前から動かなかったのでした。

日本人好みの「蛇性(じゃせい)の淫(いん)」

タイトルでお分かりのことと思いますが、蛇のお話です。ある美青年が、美女に化けた蛇に気に入られてとっつかれます。それからというもの、蛇の執念はストーカーレベルで大変なことに……というお話。

実は、日本には蛇の話が多いです。「蛇が女に化けた」とか「女が嫉妬に狂って蛇に化けた」とか。日本の神話の「古事記(こじき)」にも、男に裏切られた姫が嫉妬に狂い、大蛇になって「食ってやる!」と追い回したというオソロシーお話が……。あっちを向いても、こっちを向いても、蛇の話がいっぱいの日本の古典。日本人って隠れ蛇ファンなんですかね?

さて大人気の蛇のイメージは「執念深い」「しつこい」「ストーカー気質」というものがほとんど。それから漏れなく、「ウットリなくらいセクシー」。何ででしょうね?

蛇性の淫のあらすじ

「蛇性の淫」は、雨月物語の中で最も長いお話です。覚悟して読んでね。(と言っても短編だから、たかが知れてるよ)

豊雄、美人と会う

昔々、けっこう金持ちの網元がいました。子供が三人。上は太郎で、家業の漁に熱心。働き者。中は女の子で、もう結婚してよそに行ってる。一番下が豊雄(とよお)、こいつが主人公の美青年です。漁師の家にはもったいないくらいの二枚目。性格も漁師とは程遠く、学問好きで和歌や中国の小難しい本を読むのが好きでした。父親は「豊雄は漁師には向かない。いずれ出家させるか学者にするのが良い」と言っていました。

そんな豊雄の運命がガラリと変わったのは、ある雨の日。突然雨に降られて、雨宿りした豊雄は、そこで世にも美しい女と侍女の少女に巡り合います。

「わたくしの名は真名子(まなご)と申します。家はすぐ近くですから、お出で下さいませ……」

怪しいまでの真名子の美しさに心奪われた豊雄、次の日、誘われるままに家を訪れると、そこはまるで都の奥ゆかしい貴婦人の邸宅。真名子は豊雄を歓待し、「わたくしは先日、夫に先立たれて心細い生活。どうか哀れと思って、私を見捨てないでくださいませ」と言い寄ります。クラクラッときた豊雄は、ついつい「何で見捨てるものですか」と約束しちゃったのでした。真名子は喜んで、結婚の約束に素晴らしい太刀を渡してきました。

ところが――この太刀が運のつき。少し前に、この近くの神社でしこたまお宝がパクられたのですが、この太刀はそのお宝の一つ。つまり盗品だったのです。あっという間に役人にとっ捕まった豊雄。家族は号泣。

実は妖怪!豊雄、姉の家にトンズラ

「あの太刀は、女にもらったものでございます。偽りではござませぬ。すぐに女の家に案内いたします」

豊雄は役人たちと一緒に、真名子の家に向かいました。ところが――あの立派だったお屋敷は、見るも無惨な廃屋。ギョッとして中に入ると、朽ち果てた暗い家の中に、たった一人花のような美女――真名子がきちんと座っていたのでした。

「怪しい女!すぐに我々と一緒に来い!」

役人が叫びましたが、そのとたん凄まじい落雷が屋敷を貫き、女は影も形もなく消え失せてしまったのでした。

廃屋の中から、お宝はすべて出てきたので、豊雄が無罪だったことはすぐに分かりました。しかし、盗品を所持していたのは確かなので、百日も雍也に拘束されることに……。ようやくシャバに出てきた豊雄はボロボロ状態。両親は息子を可哀想がって

「豊雄や、牢屋から出てきたばかりで、隣近所の目も辛いだろう。しばらく、お姉さんの嫁ぎ先に身を寄せてはどうかね。しばらくそこで養生しなさい」

と、こういうわけで、半病人の豊雄は姉の家で暮らすことになりました。姉の嫁ぎ先は、お寺の土産物屋。毎日大勢のお客が来て大賑わいです。ぶらぶらしてるのも悪いので、お店を手伝っていた豊雄ですが……ある日、

「すみません。上等の香料はありませんか」

とやって来た女の客。それは何と、真名子だったのです!「ひい!妖怪変化!」と逃げ出そうとした豊雄ですが、真名子はぬけぬけと言います。

「あの屋敷が廃屋になっていたのは、役人が来るというので急いで壊したのです。落雷は侍女のまろやにトリックをつかわせただけです。あなたが牢屋に入れられたというので、どれほど心を痛めたか……。再びお会いできるように、こうして寺巡りをしていたのです」

お姉さん夫婦は、真名子があんまり品のよい美女だからすっかり気に入り、豊雄も「そう言われてみればトリックだったのかな……?」という気になって、また真名子と仲良しに。しばらくして豊雄はお姉さん夫婦の勧めで、とうとう真名子と結婚してしまいます。

正体は蛇。美形のせいで災難に……

しかし!そんなある日。とうとう妖怪真名子の正体が暴かれる時が……。お店もお休みが取れ、吉野にピクニックに出かけた豊雄たち。当然、真名子も侍女のまろやも一緒です。お弁当を広げて愉快にやっていたのですが、そこへ、ふいに現れた仙人みたいなぼーさん。いきなり

「ヤッ、貴様ら、また人を化かしているのか!立ち去れ!」

と、杖を振り上げて真名子に喝を入れました。顔色を変えた真名子とまろや。途端に二匹の蛇に姿を変え、滝つぼへダイブしていったのでした。

ぼーぜんとして固まっている豊雄に、謎のぼーさんが説明。

「危のうござったな。あれは何百年も生きてる大蛇の妖怪でござる。そなたが美男だからああやって付きまとうのだ。少しずつ生き血を座れ、最期には殺されてしまう。ほれ、おぬし、すでに顔色が悪くなっておるぞ」

聞いて真っ青。「お坊さん、どうすれはよろしいでしょう!」

「気をしっかりお持ちなされ。男らしく勇気を持ち、浮ついた心を静めなさい。あの妖怪の美貌に心を囚われてるからつけ入られるんだ」と、坊さんはアドバイス。……もっと具体的な方法を言ってくれたらいいんですがね。

でも秀才の豊雄ですから、こんなテキトーなアドバイスでもちゃんと受け止めます。

「では、わたしはここを去って親元に帰ります。思えばわたしはずっと学問ばかりして、親と兄に養われているフリーターでした。ちゃんと孝行をして、社会人にならねば!」

仕事はしてないけど、ニートと違って毎日真面目に学問三昧の豊雄ですから、根性はちゃんとあるんですね。

豊雄、今度は人間と結婚。ストーカー蛇、またもや出現!

故郷に戻った豊雄、親兄弟に今までの事件を全部報告。これを聞いた両親、

「何て不憫な!やっぱり豊雄は何の罪もなかったんだ。なのに牢屋に入れられたり、妖怪にストーカーされたりして酷い目に……」

と涙を流して同情。それにしても、恐ろしいのは執念深い真名子。まだあきらめずに豊雄を追っかけてくるかもしれません。「なんとか豊雄を守らなければ……」と考えたお父さん、一つひらめきます。

「妖怪女も、豊雄が結婚すれば寄り付かないかもしれない。良い嫁さんを探そう!」

というわけで、豊雄はお見合い結婚することになりました。相手は都で働いていたキャリアウーマンの富子。豊雄は都の人も顔負けなくらいインテリなので、彼女とすぐに意気投合。しばらくは幸福な新婚生活を送っていたのですが――。ある日、恐ろしい事件が。

「富子、ずっと都で働いていたお前から見れば、わたしは田舎者で退屈じゃないかい?」

と豊雄が尋ねると、富子が突然別人の声で「何をおっしゃいます。憎らしいお方ですね。わたしと交わした深い情けも忘れて、こんなつまらない女に浮気するなんて……」

その声、夢にも忘れない真名子の声です。「アッ」と豊雄が後ずさると、後ろから侍女が現れました。振り返ると、まろやではありませんか。豊雄は恐ろしさのあまり、バッタリと倒れて気絶してしまったのでした。

すごい坊主が到着。やっと助かった豊雄

次の日、豊雄は這うようにして富子の親に「富子が真名子に憑りつかれている」とこっそり告げます。富子の親は仰天して坊さんを呼びますが、真名子は超巨大な大蛇の本性を現して一瞬で撃退。恐ろしい声で

「なぜわたしを追い払おうとなさいます。これ以上はむかうなら、この里の人々を全員恐ろしい目に遭わせても良いのですよ。あなたはただ、わたしだけのものになればいいのだ」

と言います。ここにきて、豊雄も首を振り、「もうダメです。真名子からは逃げられるものではない。わたし一人のために、家族をはじめ、大勢を危険な目に遭わせることはできない。わたしはあの妖怪のものになります」と覚悟を決め、人々の制止を振り切って、真名子のいる寝室に行きました。

「分かった、真名子。わたしはお前とどこへでも行くよ。ただ、その娘、富子だけは両親の元へ帰しておくれ」

これを聞いた真名子は狂喜乱舞。非常に嬉しそうでしたが、しかし、富子の親たちは大事な婿を諦められません。高僧を探し出し、妖怪退治を願います。高僧は聞いてすぐに自分の袈裟を差し出し、

「わしは足腰が悪いのですぐには行けない。わしがたどり着くまで、この袈裟で妖怪を押さえつけておきなさい」

と指示。親たちは直ちに豊雄に袈裟を手渡しました。豊雄にとってはこれが人生をやり直すラストチャンス。真名子の隙を見て、さっと袈裟をかぶせ、上からしっかり押さえつけました。

「アッ、苦しい!放して!」、

と真名子はのたうち回りますが、豊雄は決して力を緩めません。そうしているうちに高僧が来て、真名子とまろやを鉄の壺の中に封じ込めてしまいました。

壺は寺の地下深くに埋められ、助かった豊雄は天寿を全うしたということです。

雨月物語読むなら……

メルクリウス一押しの雨月物語、二冊紹介します!

マンガの雨月物語


「雨月物語――マンガ日本の古典」!

木原敏江(きはらとしえ)の作品です。これは分かりやすいですよ。古典漫画で、木原敏江と大和和紀(あさきゆめみしの作者だよ)は鉄板ですね!「菊花の約」「吉備津の釜」「浅茅が宿」「蛇性の淫」の四作が収録されてます。

活字で読むなら


「ジュニア版・日本の古典文学 雨月物語」

これは知る人ぞしる名作!むか~し中学生用に書かれた作品なのですが……ただダラダラと現代訳にした作品じゃありません!ムチャクチャ読みやすいのに、古典の格調高い香りが漂ってくる……。名著です、名著!すごーく江戸時代っぽい挿絵もたまんないですね。

まとめ

真面目に読んでくださった方、長いのにありがとうございました!

雨月物語は短編集で、ここには超有名な三話を紹介しました。でも、他にもいい作品がたくさんありますよ。「吉備津(きびつ)の釜(かま)」とか「青頭巾(ずきん)」なんかは、マンガの元ネタになるほどの人気。これは他のページで紹介するから読んでね。

上田秋成は怪奇ホラー作家ですが、単なる「幽霊とか妖怪の話」じゃなくて、ドロドロの情念をその中に書き込んでるのが魅力ですね。ですから今でも「名作」とホメられるんだと思います!

【関連記事】
【雨月物語】愉快なお話、2選!
【雨月物語】泥沼の怨霊ストーリ、2選!
【雨月物語】エライ人の怨霊ストーリ、2選!

著者プロフィール

坂口 螢火
坂口 螢火
歴史専門のライターを目指しています。

古典と神話が好きすぎて、ついに家が図書館のように……。

1月30日に、拙作「曽我兄弟より熱を込めて」が販売されます!立ち読みも大歓迎。ぜひ読んでね!

出版した本(キンドル版)

山中鹿之介と十勇士より熱を込めて山中鹿之介と十勇士より熱を込めて
「我に七難八苦を与えたまえ」という名言で有名な、山中鹿之介。 本書では、「山中鹿之介の史実の人生」と、「鹿之介と十勇士たちの講談エピソード」をエッセイ調にまとめました。通勤時間に読める鹿之介入門書です!
平家物語より熱を込めて平家物語より熱を込めて
平家滅亡という、日本史を揺るがす大事件に巻き込まれた人々。平家物語に登場する、木曾義仲、文覚上人、平維盛、俊寛僧都など、一人一人の人物の人生を、ショートショートでまとめました。彼らの悲劇の人生を追いながら、平家物語全体のストーリーに迫ります。
曽我兄弟より熱を込めて曽我兄弟より熱を込めて
妖刀・膝丸の主としても注目の曽我十郎祐成・五郎時宗兄弟。 どんな困難にもめげず、父の仇討ちを果たして散った若き二人の物語が 講談調の語りと徹底した時代考証で鮮やかに蘇る! 鎌倉期の生活や文化に関する解説も満載の一冊。
忠臣蔵より熱を込めて忠臣蔵より熱を込めて
日本三大仇討ちの一つ、忠臣蔵。江戸時代に、主君浅野内匠頭【あさのたくみのかみ】の仇を討つために、四十七人の家臣たちが吉良上野介【きらこうずけのすけ】の屋敷に討ち入った、実際にあった大事件である。
あなたの星座の物語あなたの星座の物語
星占いで重要な、黄道十二星座。それぞれの星座にまつわる物語を詳しく紹介。有名なギリシャ神話から、メソポタミア、中国、ポリネシア、日本のアイヌ神話まで、世界中の星座の物語を集めました。

Posted by 坂口 螢火