【忠臣蔵】岡野金右衛門ってどんな人?忠臣蔵唯一のラブストーリー

2021年10月8日

忠臣蔵の映画などで、主役の大石内蔵助を超えるほどの圧倒的存在感(吉良を除く)を放つ役、岡野金右衛門!

必ず甘いマスクの二枚目が演じると定められ、登場回数は「内蔵助以外の、その他大勢の義士たち」の中ではダントツでトップ。他の義士たちが可哀想ないか、あまりにもエコヒイキが過ぎるんじゃないかと思われますが、それもそのはず、この人こそ、お堅い忠臣蔵ドラマの中で唯一のラブストーリーを演じてるのです!

そしてまた、このラブストーリーには「吉良邸の絵図面取り」という一大大手柄が絡むという特典付き。これはもう、登場回数を増やすしかないですね。では、岡野金右衛門のドラマを分かりやすく解説いたします

岡野金右衛門の絵図面取りストーリー

岡野金右衛門は、内匠頭切腹の時、まだ二十二歳。紅顔の青年。しかもエライ美青年で有名だったそうです。

岡野金右衛門、神崎與五郎の酒屋で働く

ビンボーな美青年、岡野金右衛門。主君の仇討ちを志してはるばる江戸へ出ていきます。と言っても、江戸に知り合いなんて全然いませんから、かねて江戸に出て酒屋を営んでいた、同じく四十七士のメンバー、神崎與五郎(かんざきよごろう)の店に転げ込みます。ここで岡野は店員として働くことになったのです。講談によりますと、この酒屋では神崎與五郎、岡野金右衛門、矢頭右衛門(やとうえもしち)が働いていたとか。

さて、神崎與五郎の酒屋は吉良邸の真ん前にあります。神崎はここを拠点として、吉良邸の下男たちから話を聞き、吉良邸の内部を探ろうとしていたのです。しかし――下っぱたちは広大な吉良邸の奥座敷に近づく機会など全然なく、彼らの話からは欲しい情報など全然得られなかったのでした。

岡野金右衛門、お艶に恋をしかける

そんな折、酒屋で働く岡野に夢中になった娘が一人あります。彼女の名はお艶。当年十七歳です。実は彼女、吉良邸を立てた大工の棟梁の娘でした。毎日、父親のために酒を買いに来ては、岡野の二枚目な顔をチラチラ。誰が見ても恋に溺れている風情。

これを見た神崎、ハタと膝を叩いて岡野に言います。

「おい、岡野!あの娘の父親は大工の棟梁。家には吉良邸の絵図面があるはずだ!あの娘の様子では、よっぽど機構に惚れぬいておる様子。貴公、娘を手なずけて、絵図面を取って来させるがいい」

これを聞いた岡野はタジタジ。実は彼、女と恋愛したことはおろか、口をきいたこともほとんどないほど生真面目で石頭な性格なのです。色男ぶりして女を手なずけるなど考えも及びません。

「そんなこと言われても……。何をどうすればいいのかさっぱり分からぬ。勘弁してください。代わってください」

「馬鹿言え、あの娘が惚れてるのはおぬしなのだ。大体拙者はもう三十過ぎなのだぞ。年が違いすぎる!」

そんなこんなで、その晩、神崎は塾の先生みたいに岡野に女の口説き方を猛特訓。決めゼリフを一夜漬けでたたき込みます。おかげで寝不足の岡野、翌日しどろもどろにお艶攻略にかかります。

「ええ、お艶さん。え~と、何て言うんだったかな。そうそう、いつ見てもあなたはお綺麗ですね」

「まあ、嫌ですわ。冗談なんかおっしゃっちゃあ……」

「冗談なんかじゃありませんよ」

と、こんな感じで必死にお艶を騙す岡野。以来、彼は幾度もお艶と逢引きを重ねるのですが、その度に神崎先生に「今日はこう言って、向こうはこう言いました」「こんなことをして、それからこうしました」と細かく報告。すると神崎先生が「では次にこう言え。向こうがこう言ったら、おぬしはこうしろ」と何パターンも指示。

何にも知らない人が聞いたら、ただのヘンタイ同士です。

本当の恋に落ちた二人!涙の絵図面取り

ところが!運命とはかくも不思議なもの。何度も会っているうちに、岡野は真剣にお艶が好きになってしまったのです。案外、岡野はムードに流されるタイプだったのかも……。

岡野は「ああ、どうしよう。五十名近くの命がかかったこと。絵図面は何としても手に入れなければ。しかし、わたしが絵図面を手に入れるために近づいたことを知ったら、娘はどれだけ悲しみ、恨むことだろう」と苦悩します。

ですが、仲間にはせっつかれる。そもそも、自分一人の恋よりも、仇討ちの信念や命がけの同志たちの方がやはり重い。とうとう、お艶を呼び出して絵図面を取ってきてほしいと頼みます。

「お艶さん。どうしてもそなたに頼みたいのだ。この通りだ、吉良邸の絵図面を取ってきてほしい。そなたの家に絵図面があるだろう」

お艶はこれを聞いて仰天。

「どうして……絵図面を欲しがるなんて、あなた、あなたはただの酒屋じゃありませんね。何者なんです。まさか、まさか!」

「言うな!それを言うな。頼む、どうか願いを入れてくれ……」

お艶と岡野は互いに抱き合って泣きつつ、「本当にお前を思っている。だが頼むから、どうか絵図面を取ってきてほしい……」と愛を確かめ、お艶は家から絵図面を盗んでくることを約束したのでした。

お艶は父親のタンスから、こわごわ絵図面を窃盗。そっと岡野に手渡すのでした。

これは泣ける……お艶との別れ

講談によれば、討ち入りの当日、お艶と父親が寝入っていると、突如玄関の戸を叩くけたたましい音。

「拙者は元播州赤穂の城主、浅野内匠頭の家臣、神崎與五郎と申す。今宵、仇吉良上野介の屋敷へ討ち入りいたす。そこもとの娘御、お艶と契りをこめたる九十郎は、本名は岡野金右衛門と申して党中の一人でござる。今日までのご厚意、かたじけなく存ずる」

それは、神崎與五郎が戸を叩いて叫ぶ声でした。岡野をたきつけた責任を感じた神崎は、最後にお艶に恋人が出陣することを告げたのでした。

お艶はそれを聞くや真っ青になり、父親は娘の手を握りしめて

「お艶、しっかりしねえか!あの神崎ってお方は、わざわざおめえの夫のことを知らせて下すったんだ。おめえの夫は、今晩討ち死になさるおつもりだ。これが、きっと今生の会いおさめだ……。岡野金右衛門様に、一目会ってお別れしよう。行くぞ、お艶。しっかりしろ。おめえは、武士の妻なんだぞ!」

「はい! お父っさん!」

父娘は吹雪をものともせず外へ駆け出していき、今しも吉良邸へ討ち入ろうとしている義士の一団に巡り合います。

「おお、あれに違いない!岡野様あ!岡野金右衛門様あ!」

「あなた!あなた……」

お艶はまっしぐらに岡野金右衛門の元へ駆けていき、人目もはばからず泣き崩れます。大石内蔵助はそれに気がつき、父親に絵図面の礼を言ったのでした。

史実は違った!絵図面取ってなかった岡野金右衛門

現在では、絵図面を手に入れたのは岡野金右衛門ではなかったというのが定説です。

では、絵図面を手に入れたのは一体誰だったか?現在の研究では、大石瀬左衛門(せざえもん)という男だったと言われています。名前から分かる通り、大石内蔵助とは親戚です。

この男がどのようにして絵図面を入手したかと言いますと、実は吉良上野介が「吉良邸」に住み着くようになったのはつい最近のこと。それ以前は、松平登之助(まつだいらのぼりのすけ)という旗本が、この屋敷の持ち主でした。

大石瀬左衛門の伯父は、この松平の家臣。瀬左衛門はこのツテを利用して、絵図面を入手したのでした。

手に入った絵図面は、絵図奉行だった潮田又之丞(うしおだまたのじょう)に渡され、何枚かコピーが作られました。現在残っている絵図面は、瀬左衛門の取ってきたオリジナルではなくて、又之丞が作ったコピーです。

義士の恋愛はホントだったよ。蜆川心中

岡野金右衛門とお艶の恋愛エピソードは講談ですが、義士たちの間で悲恋があったことはホントです!

有名なのは蜆川心中(しじみがわしんじゅう)という事件。

義士の一人、橋本平左衛門(当時十八歳)は、京都の淡路屋という店にいるお初という遊女と恋仲になってしまいます。何度も通う間に、平左衛門はお初との仲が深まっていきますが、「殿様の仇を討つ」と誓った平左衛門は、お初と縁を切らなければなりません。恋と義との間で苦悩した橋本平左衛門は、ついに心中を決意。ある夜、お初を刺し、返す刀で自分の命を絶ってしまったのです……。

まるで映画のような内容ですが、実話。本当にこんなことがあったのですね。

まとめ

岡野金右衛門の絵図面取りの話は、最初っから最後まで作り話でしたが、「絵図面取りに義士たちが苦労した」ことと「義士の何人かが報われない恋をした」ということはホントです。

岡野金右衛門も享年二十三歳ですから、もしかしたらこの人にも悲恋があったかもしれませんよ。
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著者プロフィール

坂口 螢火
坂口 螢火
歴史専門のライターを目指しています。

古典と神話が好きすぎて、ついに家が図書館のように……。

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Posted by 坂口 螢火