歌舞伎――寿曽我対面について
こんにちは!メルクリウスです。このページは、わたしがAmazonキンドルで出版している「曽我兄弟より熱を込めて」の「閑話休題」から抜粋したものです。「閑話休題」は、当時の食生活や学問について紹介しているのですが、案外評判が良いのでブログに載せることにしました。
是非、本も読んでね。
歌舞伎の話――寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
鎌倉時代から国民のヒーローだった曽我兄弟。当然、物語やら絵画やら、果ては兄弟を祀っている神社のパワースポット巡りまで、人々の人気を集めていたのだが、江戸時代になると、この「曽我人気」に、それまでとは比べ物にならないほどの火が付いた。
歌舞伎の神様と名高い、初代市川團十郎(だんじゅうろう)が「曽我」を歌舞伎に取り入れたのだ。
歌舞伎と言えば、顔に真っ赤なくま取りをして、クワッと見得を切る荒々しい役と、顔中を白塗りにして大人しく振舞う優しい役の対称が見どころ。荒々しい役を「荒事」、優しい役を「和事」と言うが――初代團十郎は、この「荒事」を初めて作り出した大天才。このアイディアは歌舞伎の歴史をに革命を起こすほどの出来事であった。そして團十郎は「荒事」を演じる上で、曽我五郎役で大当たりを博したのである。
さすがに、「曽我」を選んだ團十郎の目の付け所は鋭い。ご存知の通り、兄弟の性格はまったく対照的。優しい十郎、きつい五郎。「和事」と「荒事」の魅力を際立たせるに、曽我兄弟ほどピッタリのキャラクターはなかったのだ。
團十郎の狙い通り、「曽我」は江戸庶民の熱狂的な喝采で迎えられる。あまりにも人気が出すぎて、兄弟をベースにした新作がゾロゾロと発生。江戸三座(中村屋、市村座、森田座)で「曽我」でバトルをするという競演が行われ、新春(正月)には「曽我」を演じるべしという掟まで作られる。
新春のおめでたい気分で演じられる曽我ものの人気は凄まじい。ロングランしすぎて、五月の末まで延々と演じられた。よくもまあ、飽きもせず続けたものだが、五月二十八日は「兄弟が仇討ちを果たした日」ということで、観客の熱狂は最高潮に……。終演後、役者も観客も街に繰り出し、酒宴を開くやらお祭り騒ぎになるやら、そりゃもうえらい騒ぎだったらしく、幕府はたびたび「贅沢禁止」と取り締まったが、江戸っ子は完全無視していたという。
さて、このように大人気だった歌舞伎の曽我物語。いったいいかなる舞台であるか、皆さん気になることだろうが――実は、歌舞伎の「曽我」は、史実の曽我物語をまったく無視した作り。一体、曽我物語のどこにそんな話があるんだと、真面目な人は突っ込みたくなるような話ばかりである。なぜか兄弟が江戸時代の吉原で働いてたり、なぜか五郎が漢方薬を売る薬屋さんになってたり……。
これには訳がある。江戸時代、人々の間で「曽我物語」と言えば、三歳児ですらペラペラと内容を話せるほどメジャーな話だった。桃太郎と曽我兄弟と、どっちが有名かと迷うレベル。
だから、曽我物語をそのまま演じても目新しさがない。現代でも、わざわざ桃太郎を映画で実写化しようとは思わないだろう。そこで、歌舞伎では「曽我」をベースに次々と新しい話を創造し、新作として演じたのである。今で言えば、二次創作を楽しんでいたわけだ。楽しんだりも楽しんだり。ざっと二〇〇種類も二次創作を作ったというから驚きである。
そんな「曽我もの」の中でも、「正月に演じなきゃならない曽我」で大人気だったのが「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」。その内容を紹介しよう。
時は鎌倉時代(このあたり、二次創作にしてはマトモ)。正月、工藤祐経の館には大勢の武士たちがお祝いに詰めかけている。祐経は上座に座って満足げ。彼の側には、花魁の「大磯の虎」、「化粧坂の少将」の姿もある。彼女たちの衣装は実に華やか。正月にふさわしいおめでたさである。
と、そこへ、朝比奈三郎(あさひなさぶろう)がやってくる。――本文では説明しなかったが、彼は力比べで五郎に負けただけの情けない男ではない。実は彼、一説によると、源義仲(よしなか)と巴御前(ともえごぜん)の間に産まれた子。和田義盛(わだよしもり)が巴御前に惚れ切って口説き落とし、朝比奈三郎を養子にしたのだとか。つまり、「血筋正しい、カッコいい男」なのだ。
十郎、五郎と結構仲良しの朝比奈三郎、工藤祐経に向かって
「あと二人、お客を連れてきました」
と言う。はたして、入ってきたのは十郎五郎。父が討たれたとき、まだ幼かった兄弟は当然仇の顔を知らない。それで、朝比奈三郎は兄弟に「仇に会わせてやる」と約束し、この場へ連れてきたのだ。
めでたい正月の祝いの席。兄弟はもちろん、このような場で仇討ちをする予定ではない。あくまで仇の顔を見に来ただけ……のはずだったのだが、導火線の短い五郎は我慢がならない。
「ええ、にっくき祐経! この場で斬り伏せてやる!」
と、今にも噛みつきそうな勢い。思慮深い十郎は
「待たんか、五郎! 落ち着け、兄の言うことを聞け」
と必死になだめる。一方、祐経も、小汚い衣装でやって来た二人を見て、
「ははあ、あの二人の顔、わしが殺した河津三郎に生き写し。さてはわしを仇と狙う曽我兄弟であろう……」
とお見通し。わざと兄弟を挑発して、
「父の仇が憎いか」
と声を掛ける。
はなから頭に血が上っていた五郎は、この言葉にますます怒りたけって、女が持ってきた盃は受けないし、三方(当時のテーブル)はぶっ壊すという、十郎も真っ青になるほどの激昂ぶり。
ところが、若い兄弟に比べて、おじさんの祐経は一枚上手。
「仇を討ちたいだろうが、お前たちの家宝である刀、友切丸(ともきりまる)が現在盗まれて行方不明だろう。刀が
なければ、お前たちの家は再興できずに潰れたまま。そんな中途半端な身分では、仇討ちしようとしても物笑いになるだけだぞ」
と正論を兄弟に説く。
仇討ちとは、ただ斬ればいいというものではなく、家の身分をはっきりさせなければならないという掟があるので、祐経の言葉は正しいのでである。ぐうの音も出ない五郎……。
と、そこへ! 慌てて駆けつけてきたのは、兄弟の忠実な召使の鬼王丸。
「若様! 盗難中だった友切丸が見つかりました!」
と、刀を差しだします。何というナイスタイミング!
待ってましたとばかり血気はやる五郎だったが、ここでまた祐経が「待て」と制する。
「わしは今度、富士の巻き狩りで重要なお役目を担っておる。この役目を果たし終えたら、お前たちに討たれてやろう。これはお前たちへのお年玉じゃ」
と、何やら箱を兄弟に渡す。二人が中を確認すると、そこには巻き狩りの通行手形が……。
祐経は狩りの場で、本当に兄弟に討たれてやる気でいるのである。「こんな宴席ではなく、富士の巻き狩りでわしを討って、見事恨みを晴らすがよい」と、どこまでも余裕の構えを見せる堂々たる祐経。兄弟は祐経に富士での再会を誓うのだった。
最後、中央で立ち上がった祐経は鶴、十郎と五郎は富士、隅っこで丸くなってる鬼王丸は亀、という見立てになって、何ともめでたい雰囲気で幕――。
と、大体このようなあらすじ。何だか、仇の祐経がいやに潔くカッコよくて、肝心の曽我兄弟は、ただ怒ってるだけとなだめてるだけ……と、情けない感じがしないでもない。
しかし、この芝居の見どころは内容にあるのではない。主人公の曽我十郎、五郎、それから仇の工藤祐経、名わき役の朝比奈三郎、鬼王丸、きれいどころの花魁二人――と、曽我物語のキャラクターが一つの舞台に全員集合しているところが、この芝居の面白さなのだ。これは、何でもアリの芝居だからこそできることで、本物の曽我物語では絶対に起こらないことだ。
全キャラクターが夢の競演を果たし、では、今まさに仇討ちが行われるか……と緊張感が高まったところで、年長者の祐経がうまく諭す。
「ではこれにて一件落着!」
と、揉め事が収まったところで華やかにフィナーレなのだ。この、「ああ、よかった」とホッとするところで終わる、というのが、実に正月に合っていると言える。
さて、偉そうに歌舞伎について語ったが、実はわたしは一度も歌舞伎座に行ったことがない。タダの映像を見ただけである。もうちょっとチケットが安ければ、十郎と五郎に会いに行きたいのだが……今少し財布が太らなければ無理そうである。
まとめ
曽我兄弟を題材にしたの歌舞伎の中でも、人気の高い「寿曽我対面」についてまとめました!……と言っても、すでに断った通り、生では観ていないのですが……。歌舞伎は貧乏人にはなかなか手の届かない芸術ですね(泣)
戦後、GHQの政策により、出版や映像から「仇討ちもの」と呼ばれる作品はことごとく消し去られました。日本がアメリカに対して仇討ちしようと思ったらヤバかったからです。そのため、それまで大人気だった曽我兄弟も絵本や出版物から消し去られてしまったのですが……唯一、歌舞伎の世界からだけは消えませんでした。消し去るには、あまりに伝統として大きすぎる存在だったからです。
現在、曽我兄弟がおぼろげにも世の中に残っているのは、歌舞伎の伝統ゆえだと言えます。皆さん、ぜひ曽我兄弟に会いに歌舞伎座に行きましょう!
ついでに、わたしの本も買ってね!立ち読みも大歓迎だよ!
【関連記事】
【完全保存版】曾我物語のあらすじまとめ
曽我十郎ってどんな人?曽我兄弟のお兄さん、分かりやすく解説!
曾我兄弟が飲んでたお酒ってどんなもの?
曾我兄弟の恋人について
曾我兄弟の絵画について
鎌倉時代の武士の学問について
曽我兄弟歌舞伎演目――矢の根について
著者プロフィール
最新の投稿
- 2024.10.02平安貴族の日記に残る天体現象!彗星、超新星、オーロラまで!
- 2024.09.24保元平治物語に登場する刀剣をまとめてみた!
- 2024.03.20水滸伝のあらすじまとめ。どこよりも分かりやすい!
- 2024.03.20水滸伝