【西遊記】日本版西遊記があった!中島敦の「我が西遊記」!

2021年10月8日

中学の教科書に載っている「山月記」で有名な中島敦(なかじまあつし)。この人、超が三つくらい大天才で、漢文は白文で読み、西洋文学はもちろん、メソポタミアの古典にも精通という……とにかくトンデモナイお方なのですが!

この大天才が、何とあの「西遊記」を小説にして書いていたってご存知でしたか?中島敦はたった三十三歳で死んでしまったので、途中で終わっているのですが……本人はこの「西遊記」をライフワークにするつもりだったんだそうです。

このページでは、惜しいことに途中で終わってしまった「中島敦の西遊記」を紹介します。

中島敦ってこんな人

中島敦は明治生まれの小説家です。おじいさんは有名な儒学者、お父さんは漢学博士、お母さんは小学校教員というもの凄い家系!生まれながらにして文学のエリートコースまっしぐら。英才教育受けまくりで、成長するにつれて漢文古文のスペシャリストに……。

ですから学生時代からすごい短編を書いていくのですが――惜しむらくは、この人喘息の持病持ちでした。「斗南先生」とか「山月記」とか、次々短編を書いていくうちに病状が悪化。転地療養のためにパラオへ行くのですが、ここは雨が多くて喘息持ちには劣悪な環境。かえって病気がひどくなってしまいます。

弱り切った中島敦は日本に帰ってきますが、すでに喘息は悪化して心臓も衰弱。病院で涙をためつつ「書きたい、書きたい。俺の頭の中の者をすべて吐き出してしまいたい」といいながら三十三歳で死んでしまったのでした。

 

中島敦の「我が西遊記」、こんな内容!

中島敦はかねてより西遊記ファンでした。知り合いに手紙で「僕のファウストにする意気込みなり。どうして日本志那の文学者は、この材料に目を付けなかったのかな?」と書き残してます。

ですが、この西遊記を書き始めたのはパラオに行く直前くらい。その後、どんどん病気が悪化して早死にしてしまったので、最初の2話しか書けずに終わってしまったのです。

第一話「悟浄出世」

中島敦西遊記は、なんと沙悟浄(さごじょう)が主役です!悟空じゃないんです!

沙悟浄について知りたい方はこちら↓
【西遊記】沙悟浄ってどんなキャラクター?ホントはカッパじゃない!

三蔵法師の弟子の中で、一番目立たなくてどーでもよくて、出番少なくって、いてもいなくても同じような沙悟浄。この沙悟浄に目を付けて主役にしたあたり、やっぱり中島敦は普通の眼力じゃありません。

ですから物語の順番も違います!原作の西遊記のストーリーは

「孫悟空登場」⇒「三蔵法師が、観音様に天竺に行けって命令される」⇒「三蔵法師が旅の途中で悟空発見。弟子にする」⇒「八戒を弟子にする」⇒「流砂河(りゅうさが)っていう川で沙悟浄を弟子にする」

となっています。が、中島西遊記は沙悟浄からスタートなんです。

昔々、流砂河には一万三千もバケモノがいたのですが、沙悟浄はこの中で超落ちこぼれ。「オレはバカだ……」「どうして俺はこうなんだろう」「もう駄目だ、俺は……」と、毎日川の底でブツブツ唱えているのです。

一体どうしてだか、沙悟浄はいつの頃からかいつも自分に自信がなく、「オレって何だろう……オレって何の役にも立たない存在じゃなかろうか」と悩み続けるようになってしまったのです。つまり鬱のサイアクに酷い状態です。

これじゃ駄目だと思った沙悟浄、一大決心して、川の中にいる賢そうなバケモノを一人一人訪ね歩き、どうしたら自分が救われるか教えてもらおうとします。魚のバケモノ、エビのバケモノ、色々訪ねますが、何人回っても沙悟浄の病気は治りません。ますます「オレはダメなんだ……」という気持ちは募るばかりです。

ついに精魂尽きた沙悟浄、バッタリ行き倒れてしまいます。そこで突如、夢の中に観音様が出現!

「沙悟浄よ。お前が救われる方法を教えてやろう。いくら頭の中だけで悩み続けても、魂が救われることはないのだ。生きるものは、常に動き、働き続けなければこの世界に価値を感じることはできないのだ。とにかくお前は引きこもりはやめて働け。これからこの流砂河に三蔵法師と弟子たちが来るから、お前も弟子になって天竺に行け。自分探しの旅に出れば、お前も救われるだろう」

超絶意訳しましたが、だいたいこんなことを言った観音様。こうして沙悟浄は三蔵法師の弟子になって、悟空や八戒たちと一緒に旅することになったのでした。

第二話「悟浄歎異――沙門悟浄の手記――」

第二話は、第一話の「悟浄出世」とはかなり趣が違います。第一話はひたすら暗くて、読んでるとだんだんこっちまで鬱になるような話なのですが……第二話では主役の沙悟浄自身が前向きになってるので、結構明るい内容です。
副題に「沙門悟浄の手記」とあるように、これは沙悟浄の日記みたいなお話。
めでたく三蔵法師の弟子になった沙悟浄、別に特に才覚もない彼、ひたすら今まであったことをメモっています。この「沙悟浄の手記」は、そんな沙悟浄が「三蔵法師一行、メンバー紹介」をしてるというストーリー。元々、自分に自信のない沙悟浄、「悟空も三蔵法師も八戒も(特に悟空は)すごい奴……。それに比べてオレって……」みたいに書いてるところが、実に面白いですね。
では、気になるその内容とは……

〇沙悟浄が語る孫悟空
沙悟浄、ひたすら悟空ファン。ファン過ぎてちょっとBLじみてるかも。「とにかく悟空って天才!猿なのにその容貌すら美しく感じる!常に凄まじい精神力、戦っている時の彼は思わず見惚れるほど……」とひたすら賛美。
「武勇だけじゃなくて知恵も天才的。動物、植物、天文の知識は大したもの。でも、その植物がどんな病気に効くかは知っていても、その植物の名前は全然知らない。天文も同じことで、星を見て時刻や奉公を瞬時に判断する。だけど星の名前は一つも知らない。星の名前だけ知っていても、星座を見分けることのできないオレはなんという違いだろう!」
悟空はとにかく行動と判断力の人。自信の塊って感じです。沙悟浄は常にそんな悟空に惚れぼれ。見とれてウットリって感じです。
「悟空にメチャクチャ叱られてわめかれていいから、悟空の側でいろいろ勉強したい!」と独白する沙悟浄。このお話は「沙悟浄の日記」っていうことになってるんですが、ほとんど「沙悟浄の悟空へのラブレター」って感じですね。

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〇沙悟浄が語る三蔵法師
⇒悟空を熱血に語った後、沙悟浄は三蔵法師について語るんですが、こちらは悟空の時に比べて控えめ。「三蔵法師って超弱くて頼りない人なんだよね。なのに何でオレってこの人の弟子になってんのかな?」で始まります。
弟子の三人(悟空、八戒、沙悟浄)は妖怪ですが、三蔵法師は人間です。ですから妖怪の三人から見ると、三蔵法師って何の魔力も持っていなくて、足も遅くて、体力なくて、ちょっとつついたら死んじゃうくらい弱い存在なんですよね。
ですが、妖怪の三人は持っていなくて、三蔵法師だけが持っている、すごい力がある。と沙悟浄は語ります。それは、「本当に弱い自分の命がなくなっても、絶対に天竺に行くことを諦めない」という信念です。
妖怪の三人にとっては、天竺に行くことはちょろいです。命を落とす心配なんかする必要ありません。でも、三蔵法師にとっては命がけなのです。人間だからいつ死んでもおかしくない。ですが、その危険を冒しても天竺に行こうとする、強い精神。
この精神を尊敬するから、妖怪三人は三蔵法師について行くのです。沙悟浄、なかなかいいこと言いますね。

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〇沙悟浄が語る八戒
⇒沙悟浄は最初、八戒を軽蔑してたそうです。とにかくだらしないし、寝坊するし、怠けるし。……まあ、八戒ってブタですから。
でもある時、沙悟浄は八戒を見直したのでした。それは、八戒が「オレは極楽なんかに生まれ変わるのは絶対御免だ。極楽って、仙人みたいにカスミを食って生きてるわけで、ご馳走がないんだろ」と言った時のこと。
それから八戒は、「オレはこの世が一番いいよ。この世には楽しいことがたくさんあるんだ。たとえば……」と、この世の楽しいことをマシンガントークで言いまくります。
「木陰で昼寝。朝寝坊。川で水浴び。それから若い女!四季折々のご馳走。若い女。コリコリ皮の香ばしい焼き肉。若い女。湯気の立つあつもの。若い女……」
これを聞いた沙悟浄、「こんなに人生を楽しんでるやつってすごい……」と思わず尊敬。彼いわく、「楽しむのも才能がいること」だそうで。う~ん、深いセリフですね。

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〇沙悟浄、自分についてコメント
⇒沙悟浄は最後に、自分自身についても書いてます。ほとんど「日頃の反省」って感じですが。
「自分はこの旅を始めてから、どれくらい進歩しただろうか。全然変わってない気がする。悟空みたいになりたいと思っていながら、一歩下がって眺めてるだけで、何にも積極的な行動に出てない。自分みたいな者は、観測者にとどまるだけで、行動者にはなれないんだろうか
ああ……この気持ち分かりますね。「こうなりたいな~」と思ってるけど、失敗することとか怒られることが怖くて、行動できないんです。頑張れ、沙悟浄!

ちなみに、このお話はこの本に収録されてます。興味あったら是非読んでね!

まとめ


ざっと、中島敦の西遊記の内容をまとめてみました。でも勘違いしないで欲しいんですが、これはわたしがメチャクチャ略して噛み砕いた内容ですよ。本当はもっともっと深いんです!思わず「ううむ。人生の悲哀を感じるぜ」とうなりたくなるセリフが多数。こればっかりは原文じゃないと分かんないですね。
これほどの名作が序文だけで終わってしまって、作者が死んでしまったことが実に惜しいです。中島敦がもう少し長生きしてくれたら、必ずやこの西遊記は文学史に残る傑作になったことでしょう。

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著者プロフィール

坂口 螢火
坂口 螢火
歴史専門のライターを目指しています。

古典と神話が好きすぎて、ついに家が図書館のように……。

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Posted by 坂口 螢火