【雨月物語】泥沼の怨霊ストーリー2選!

2022年5月22日

こんにちは!坂口です。

上田秋成(しゅうせい)の傑作、雨月物語と言えば、「妖艶」「恐怖」「怨念」に満ちたドロドロの妖怪、幽霊短編集!しかも、けっこうエロい……。

今回は、その中から凄まじい怨念に駆られた「鬼になっちゃった人間エピソード」を二つ。「吉備津(きびつ)の釜」と「青頭巾(ずきん)」を紹介します!

吉備津(きびつ)の釜(かま)

これは超有名な怪談、「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」と同じストーリーの物語。

「男をあの世に連れて行こうとする女の亡霊が、毎晩訪れて家の周りをうろつく」

という話なのですが……「牡丹灯籠」は「大変キレイなお話」で、「吉備津の釜」は「サイアクすぎるほどドロドロ」なお話です。「これは怨霊になって当然!」って思っちゃいますので、そのおつもりで……。

サイテーな正太郎、家族はブチ切れ

岡山県に吉備津神社という古い神社があるのですが、ここに霊験あらたかな釜(かま)がありました。この釜、中に水を入れてグラグラと沸かし、巫女さんがうだうだと祝詞を唱え、

「これこれをやりたいんですけど、うまくいきますか?」

と尋ねますと、釜のくせに良し悪しを教えてくれるのです。「うまくいくよ」だと、釜が「モーモー」と牛みたいな鳴き声を上げます。「ダメ」だと何にも答えません。

さて、この神社のご近所に井沢という富豪の家があって、このうちの一人息子、正太郎はサイテーなクズでした。全然働く気がないし、あり得ないほど遊び好き。女遊びばっかりして、朝から浴びるように酒を飲み、ろくすっぽ家に帰りません。しかもお金がなくなると、家のものを売り払って、また遊びに出てしまうのです。

これに困り果てたのがお父さんとお母さん。

「正太郎はどうしたらマジメになるのか……。困ったものだ」

と、今日も今日とてしかつめ面。ここにお母さんがひざを打って、

「どうでしょう。いい嫁をもたせてやったら、ひょっとして心を入れ替えるかもしれませんよ!」

「おお、ナイスなアイディアだ!」

というわけで、吉備津神社の神主の娘を貰うことに。井沢はお金持ちですから、神主は大いに喜んで

「よしよし、では釜で占ってみよう」

が……どうしたわけか、ぐらぐらと湯が沸いても、うんともすんとも釜は鳴きません。神主は「エエ……?」と不吉に思いましたが、神主の奥さんは「何言ってるのよ!今さら断るわけにいかないでしょ。娘の幸福を邪魔する気?」とおかんむり。「まあ、そうだよね」と、結局、釜は無視して嫁入りさせたのでした。

この嫁に来た娘、磯良(いそら)と言います。

この磯良、ろくでなし息子にはもったいなすぎる最高の妻です。美人なうえに、朝は早く起き、夜は遅く寝、家事一切を切り回し、両親の面倒を見て孝行の道を尽くし……。「こんないい嫁は滅多にいない」とご近所から感心されるほど。

それなのに!正太郎は生まれ変わらなきゃ治らないろくでなしです!美人の奥さんをほったらかして遊び回り、挙句の果てにはお袖という女まで作ってしまい、家に全然寄り付きません。

あくまで正太郎に尽くす磯良、正太郎を責めることなく「どうか家に帰って、ご両親を安心させてあげて下さい。わたしに至らないところがあるなら直しますから……」と泣く泣く言いますが、まるっきり聞く耳持ちません。

これにはついに、お父さんブチ切れ。

「あんな素晴らしい嫁がいるのに!もう一歩も家から出るな!この馬鹿者!」

と、ついに正太郎を座敷牢に入れちゃったのでした!

反省しない正太郎、奥さんを裏切る

座敷牢入りの正太郎。一歩も外に行けない身分になりましたが、このくらいで泣いて反省するカワイイ性格じゃありません。「何とか外へ逃げ出す方法はないものか」と隙を狙ってます。

一方磯良、この娘はどこまでも清い心の持ち主。「ああ、正太郎さん可哀想に……。そもそも、正太郎さんが外で遊ぶのは、わたしのことが気に入らないからかもしれない。どうしたら正太郎さんに気に入ってもらえるのだろう」と、逆に自分を責めてるほど。

そんな磯良に、ある日正太郎が呼びかけます。

「磯良!聞いてくれ。わしが悪かった。お前の真心を踏みにじって、今まで辛い思いをさせてすまなかった」

こんな感じで、しおらしく訴えますが、実は正太郎、全然反省なんかしていません。磯良を騙して逃げようという心づもりです。

「これからお前と真面目に暮らしていくために、あのお袖とも別れようと思う。……しかし、一つ問題があるのだ。お袖の故郷は播磨なのだが、両親も頼る親戚もない心細い身の上だ。別れるにしても、できるだけのことはしてやって、心残りのないようにして別れたい。

だからお袖を京都へ送って、身分の高い人に奉公させようと思うが、身の回りの世話や旅の費用は、わしが用意してやりたいのだ。どうだろう、工面が付くだろうか、磯良!」

この迫真の演技に、磯良はまんまと騙されてしまいます。「ああ、これから正太郎さんと幸せに暮らせるんだ!」と泣いて喜び、

「分かりました、あなた!わたしが何とかします!」

と、自分の嫁入り道具をみんな売っ払い、実家に嘘を言って金を借り、それを全部正太郎に持たせてやったのでした。

が……これが運命の分かれ道。正太郎は金を受け取るなり家を出て行って、お袖と一緒にトンズラしてしまったのでした……。

「そんな……!あんまりひどい……。正太郎さん、わたしを騙すなんて!」

裏切られた磯良の悲しみは計り知れません。涙が枯れるほど泣き、ついに倒れて病気になってしまいます。

「磯良!しっかりしてくれ。ああ、正太郎のせいでこんなことに!」

正太郎の両親も磯良を本当の娘のようにかわいがっています。自分の息子のせいでこうなったと思うと、気の毒すぎるし、申し訳ないし、「正太郎なんか、もう息子じゃない!」と激怒して、磯良のために次から次へと医者を呼びます。

しかし、極限まで傷ついた磯良は、どんどん悪くなるばかり……。ついに正太郎を恨みぬいたまま死んでしまったのです……。

お袖、突然病死。正太郎、美人の未亡人によろめく

さて、お袖とトンズラした正太郎、京都まで行こうと思ったのですが、途中でお袖のいとこの彦六という男と知り合い、彦六に家を世話してもらって暮らすことにしました。

この家、一軒の家が二つに分かれていて、一方に彦六、壁を隔ててもう一方に正太郎夫婦が住むことになりました。

ところが、こうして暮らすことになって幾日もたたないうち、お袖が病気で倒れてしまいます。それも、普通の病気じゃありません、「火の玉が!火の玉が!」「ひい!わたしを殺しに来るんだ!」などと、わけのわからないことを騒ぎまくり、胸を押さえて暴れまわるのです。

正太郎は食事も忘れての看病。「これはただ事じゃない。もしかして、磯良の心を踏みにじった祟りかもしれない……」と恐ろしくなります。彦六は「そんな馬鹿なことがあるものか。しっかりしろ」と励ましますが、ついにお袖は七日目に狂い死にしてしまったのです。

一人残された正太郎。お袖を埋葬して、途方に暮れます。お袖は失ってしまったし、もう故郷にも帰れないし、この先どうしたらいいか分かりません。何にもやることがないので、毎日夕方にお袖のお墓参りをするだけ……。

さて、世の中には同じ悲しみがあるもので、このお袖の墓の隣に新しい墓ができ、若い女が悲しげに墓参りしている姿を見ました。「お気の毒ですね。若いあなたが、こんな寂しいところへお参りに来るなんて」と、ある時声をかけると、女はさめざめと涙を流して

「はい、わたくしの女主人が旦那様を亡くしまして、ここに葬ったのでございます。奥方様はたいそう美しい方ですが、今はお嘆きがひどく、このごろは床につかれてしまいまして……」

と哀れな次第を話します。……が、正太郎はあくまでクズです。「美人の未亡人」の話を聞いてニヤリ。

「同じ境遇ですから、お話などして慰め合いたいものです」

なんてうまいこと言って、女について行き、図々しくも未亡人の家に上がり込みます。未亡人の家は貧しいたたずまいながらも、そこかしこにゆかしげな道具があり、どことなく由緒ありげな様子。正太郎はますますいい気になって、座敷に入って声を掛けます。

「お初にお目にかかります。夜分遅くにおうかがいしまして、失礼します。お話によれば、御主人を亡くされたとか……。わたくしもつい十日前に妻を亡くしまして」

と、ぺらぺらしゃべる正太郎。未亡人は屏風の向こうに座って、この話を聞いている様子なのですが……

「あなた……」

と、ふいに気味の悪い声で

「あなた、本当に久しぶりでお目にかかったこと……。わたしがどんな思いをしたか……正太郎さん」

そして、屏風の向こうから顔を見せたのは、まぎれもない前妻の磯良!死人のように青ざめ、目は爛々と燃え上がり、こちらに伸ばした指は骨と皮とにやせ細っています!

「あなや!」

と叫んで、正太郎はそのまま気を失ってしまいました。

命が危ない正太郎!部屋の中で引き籠りになる

気が付いたとき、正太郎は墓地の片隅でひっくり返ってました。あの未亡人の家はすべてまやかしだったのです。

恐怖に駆られた正太郎、必死に走って行って、彦六の部屋へ飛び込みます。

「彦六さん!俺は殺されるよ!故郷に捨ててきた妻に呪い殺される!助けてくれ!」

「何を言ってるんだ、正太郎。あんたはお袖が死んで心が弱くなってるだけだよ。でもそれほど心配なら、近くに陰陽師がいるから見てもらおう」

こうしたわけで、二人は連れ立って陰陽師の家へ。陰陽師は正太郎を一目見るなり顔色かえて、

「あ、あんたは大変なものに狙われているぞ!このままでは命がない!」

これを聞いた正太郎、真っ青になって

「本当ですか!や、やっぱり!先生、何とか助けて下さい。お願いします」

「ムムム……。これはとても、普通のやり方では防げません。つい最近、奥さんがなくなったそうだが、それもあんたについている怨霊の仕業です。まず奥さんを殺し。つぎはあんたを!あんたの命も、今日か明日には尽きてしまうじゃろう!

よいですか。今日から四十二日の間、家の戸口を締め切り、心身を清めて、一歩も外へ出てはなりませんぞ!」

こうして陰陽師は、正太郎の頭から足先までびっしりと呪いの文字を書き、家中に呪い札を張り付けて、四十二日間の間は絶対に外に出るな、最後の日の、夜が明けるまでは絶対に戸口を開けてはならないと、クドクドと言って聞かせたのでした。

磯良の怨霊の執念

さて、引き籠り生活に突入した正太郎、ビクビクしながら部屋に引きこもっていたのですが、その真夜中……

「ああ、憎らしい……。ここにも……ここにも札が……」

と、ぞっとするような恐ろしい声。ガタガタと壁を叩く、不気味な物音。正太郎は縮み上がって生きた心地もしません。怨霊はやがて去りましたが、朝になってから正太郎は壁を叩いて彦六に

「彦六さん!磯良だ!磯良が来たよ!」

「ええ!やっぱり怨霊が来たのか。陰陽師の言葉は当たったな。よし、今夜はわしも一晩中起きていよう」

この彦六、正太郎にはもったいない、いい友達です。全然関係ないのにちゃんとその晩起きていて、正太郎に付き合ってくれます。さてその晩……、夕方から凄まじい嵐。家の徒はガタガタと鳴り、松の木が吹き倒れそうに音を立てて揺れます。雨までざあざあと降りだして、気味の悪い雰囲気。

「彦六さん、どうしよう。もうすぐ幽霊が来るよ」

「正太郎さん、しっかりするんだ!」

こうして時間が過ぎ、ついに草木も眠る丑三つ時!突然障子紙が真っ赤になって、幽霊の影がはっきり映りました。

「ああ!憎らしい!ここにも……ここにも札が貼ってある!」

不気味な怨霊の声ですが、それはまさしく磯良の声!正太郎は全身の毛が逆立つほどの恐ろしさに、声も出ません。

こんな風にして、一晩、また一晩と日がたって行きました。正太郎は彦六に励まされつつ、まさに一日千秋の思いで、ただただ四十二日がたつのを待つのでした。怨霊は毎晩訪れて、その声の恐ろしさ、苛立ちは日がたつにつれすさまじくなっていきます。

そしてついに最後の日!なぜかこの日、いつもの丑三つ時が来ても怨霊は来ませんでした。気配もせず、声も聞こえてきません。狐に包まれたような心地で座っていましたが、ついに午前四時……。周りの空は白々と明るくなっていき、朝が近づいてきます。

「正太郎さん。どうしたのだろう。怨霊は来なかったね」

「ああ!彦六さん、朝だ。ついに朝になったよ。わしは助かったんだ!みんなあんたのおかげだよ。あれからずっと家の中に閉じこもったままで、あんたとも声を交わすばかりで、ずっと顔も見られなかった。無性にあんたに会いたいよ。思う存分話して、久々にくさくさした思いを晴らしたいものだ。今からそっちへ行くよ」

「ああ、そうだな。じゃあ……」

彦六、この言葉を聞いて戸を半分開けたのですが、そのとたん――

「ぎゃあ!」

という耳をつんざくばかりの叫び。彦六は思わずぺったりと座り込んでしまったのですが、「こ、これはただ事ではない。まさか!」と思って、必死にそばの斧を取り上げて

「正太郎!正太郎さん!」

と大声上げて正太郎の部屋へ駆けこんでいきました。そして彼が見たものは……

部屋中に飛び散った、おびただしい血のり。「うっ……」と彦六は口を覆ってのけぞりましたが、勇を振るって辺りを見渡すと、生臭い風がすうっと肩をかすめて過ぎます。振り返ると、開け放たれた戸口で、ポタリ、ポタリと血が滴っています。見上げれば……

軒のひさしの端に、正太郎の髻(もとどり)だけが血にまみれて引っかかっていたのでした。

真冬の朝は、午前五時。四時の今は、もう少しばかり明るいとはいえ、まだ夜のうちなのでした。二人は一刻も恐怖の夜が明けないものかと思うばかりに、焦ってしまったのでした。

彦六はその後、必死になって正太郎の身体を探しましたが、ついに見つかることはありませんでした。正太郎は磯良の怨霊に捕まって、その肉体ごと地獄へ連れ去られてしまったのです。

青頭巾(あおずきん)

これはまた恐ろしい話……。徳の高い高僧が美しい稚児(ちご)に骨抜きになってしまうのですが、この少年がふとした病気で死んでしまいます。狂ったように嘆き悲しむ高僧は、ついにこの少年の死骸を食べてしまう……。

かなりエグいです。覚悟して読んでくださいね!

いきなり鬼と間違われた坊さん

昔、尊い聖(ひじり。徳の高い坊さんのこと)がいたのですが、この坊さんが富田という土地に来た時、とっぷりと日が暮れてしまいました。「こりゃ困った」と、坊さんは一軒の館を訪ねて

「泊めてくれ~」

と声をかけると……何を思ったのか、家中の人々が「わあ!鬼が来た。鬼が来た」と大騒ぎ。館のご主人まで武器を携えて「ええい!退治してくれるわ!」と踊り出す始末。

坊さんはアワアワと驚いて

「何言ってんですか。わたしは人間ですよ」

と必死の訴え。御主人もつくづく坊さんを見て「あ、ホントだ。人間でしたね。こりゃすみませんでした」と館に入れてくれたのです。

ようやく人心地着いた坊さん、「ところで、何でわたしを鬼と勘違いしたんですか?なんか訳がありそうですね」と尋ねると、御主人は「実は……」と驚愕の事実を告白するのでした。

稚児に溺れ切った僧侶。ついに人外のものに!

「この里の山には、大変大きな寺があるのですが、そこに人々から深く尊敬されていた住職がいたのです。昔から大変真面目で学問も深く、修業を積んでおられました。が、去年のこと、北陸へ旅に行かれたとき、一人の稚児を連れてきたのです。

この稚児は実に姿形が美しく、上品でございました。住職はこの稚児を深く愛されて、片時も側から離しません。起き伏しの世話も稚児にさせて、この子がいなければ日も夜も明けないといった有様。日ごろの修行もさっぱり怠ってしまうようになりました。

ところが、ある時この稚児が、ふとした病にかかって倒れてしまったのです。住職は大慌てで、名医を呼んでみてもらいましたが、その甲斐なく、ついに稚児は亡くなってしまいました。

すると住職の嘆きは恐ろしいほどで、叫ぶに声なく、泣くに涙なく、美しいその身体を火に焼き土に埋めることなどとてもできないと、死骸をそのまま寝かせたきり。死んだ稚児の顔に頬を寄せ、手を重ね合わせ、幾日か過ごすうちに、ついに気が狂ってしまったのです。

稚児が生きていた時のように戯れかかりながら、(古典の『戯れかかる』ですよ?色恋に溺れるという意味です。この意味分かりますね?皆さん)徐々にその肉が腐ってくると、住職は美しい肉がただれることを惜しむあまり、ついにその肉を食い、骨をしゃぶりつくし、稚児を食ってしまったのです。

これには寺にいた僧侶たちも『住職はついに狂った!鬼になった!』と驚き慌て、皆逃げ去ってしまいました。住職は生きながら本当に鬼になってしまったのです。以来、恐ろしい姿で歩き回り、墓を暴いては死骸の肉を食い、近隣の者を脅かすと言った有様なのです」

高僧、鬼の住職を救う

この恐ろしい話を聞いて、坊さんは住職を非常に哀れに思います。

「愛欲の迷路にさまよい、救いのない煩悩に焼かれて鬼となったのも、もともとその僧侶が一本気で、思い込んだらどこまでも貫き通してしまう性質を持っていたためでありましょう。

心をゆるめれば妖魔となり、心を引き締めておれば仏になるとは、まさにこの住職が良い例です。ここに来合わせたのも何かの縁。教え導き、本来の善なる心に立ち返らせることができれば……」

と、鬼の住職を救いに行く決心をしたのです。

次の日、坊さんは山を登り、住職の寺へ。もともと立派な寺でしたが、今は済む人もなく荒れ果てています。入ってみると、そこには見る影もなくざんばら髪で、痩せ衰えた住職。

住職は「泊める部屋などない。山を下りろ」とさんざん脅かしますが、坊さんはへっちゃら。「飯も布団もいりません」と言って、勝手に住職の隣で寝てしまいます。

するとその晩……。突然むくりと起き上がった住職。あちらこちらと歩き回り、

「くそ坊主!どこへ行った。食ってやるぞ。ここか、そこか」

とブツブツ言いながら、部屋部屋を探し始めました。その間、何度も坊さんの前を通ったのですが……どうしたわけか、全然坊さんを見つけることができません。それもそのばず。この坊さんは徳の高い聖(ひじり)。鬼の魔道に陥ってしまった住職には、その姿を見ることができないのです。

ついに諦めて寝てしまった住職ですが、夜が明けて隣に坊さんを見つけると、

「アッ」

と驚いてわなわなと震え、手をついて泣き出しました。

「ああ、わしにあなたの姿が見えるはずがなかったのです。鬼になってしまったわしには……。お願いです、どうか、どうかわしを救ってください!鬼畜になりさがったわしを、元の人間に戻してください!」

すると坊さん、青い頭巾をかぶっていたのですが、突然これを脱いで、バサッと住職の頭にかぶせました。そして言うことには

「『江月(こうげつ)照らし松風(しょうふう)吹く。永夜(えいや)清宵(せいしょう)何の所為(しょい)ぞ』

この言葉の真の意味を解いてみよ!これからこの場に座って、じっくりと考えるがよい。真の意味がついに解けた時、そちは本来の仏心に帰ることができるであろう」

この超難問を与えて、山を下ったのです。

さて、その一年後、坊さんはあちこち旅をしてから「さて、あの住職はどうなったろう」と、再び戻ってきました。

すると……住職はあの青頭巾をかぶったまま、別れた時と全く同じ場所で、ひたすらぶつぶつと何か唱えています。

『江月(こうげつ)照らし松風(しょうふう)吹く。永夜(えいや)清宵(せいしょう)何の所為(しょい)ぞ』

というあの難問を、まだ口の中で繰り返していたのです。坊さんはじいっとこの住職を眺めていましたが、突然持っていた杖を振り上げて

「どうだ!解けたか!」

と叫ぶや、「喝!」と住職の頭に振り落としました。すると、何と不思議なことか!住職の姿は、氷が朝日に照らされたようにたちまち消えて、青頭巾と白骨だけがバラバラとその場に落ちたのです。

この住職は、もうとっくに死んでしまっていたのでした。死んでなお、あの難問をひたすら考えていたのです。坊さんはわざと解けるはずのない難問を住職に与え、「ひたすらに問題だけを考える」ようにしむけ、住職の心をさいなんでいた愛欲の心を消すことに成功したのでした。

その後、近隣の人々は鬼がいなくなって平和になったことを喜び、この寺を再建して、坊さんを新しい住職に据えたということです。

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著者プロフィール

坂口 螢火
坂口 螢火
歴史専門のライターを目指しています。

古典と神話が好きすぎて、ついに家が図書館のように……。

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Posted by 坂口 螢火